鞆の浦に現れたマンボウ、藩主が愛したコウモリ——古文書19点が語る動物たち、8月25日まで
福山市内に残る古文書などに記録された動物を紹介する展示が、霞町の市歴史資料室で開かれています。読売新聞が2026年7月27日に伝えたところでは、史料19点が並び、8月25日まで、入館無料です。
僕が声を上げたのは、1714年3月25日に鞆の浦でイワシ漁の網にマンボウがかかったという記録です。保命酒の蔵元・中村家の日記に「怪敷魚」と書かれ、体長9尺(約2.7メートル)、薄いネズミ色という特徴まで残っている。

マンボウとウミガメ——記録の細かさが面白い

中村家の日記は、見慣れない魚を「怪敷魚」と表現しながら、大きさと色を具体的に書き残しています。僕は最初、昔の記録は大雑把だと思っていました。実際は、分からないものほど細かく書いてある。
1927年9月に網にかかったウミガメを、イラスト付きで伝える文書も展示されています。「ケン物人何千人」が集まり、甲羅に「南無阿弥だぶつ」と書き入れて逃がしたとあります。数千人が見に来たという記述が、当時の娯楽の少なさと信仰の距離を同時に見せます。
コウモリと福山——市章にもつながる縁

福山市の市章はコウモリを図案化したものです。福山藩も戊辰戦争末期の箱館戦争でコウモリを旗印にしていたと紹介されています。
担当職員の岡田彩さんは、福山城のある場所が「蝙蝠山」と呼ばれ、「蝠」は福に通じると説明しています。藩主・阿部家のたばこ盆の蓋にはコウモリがくりぬかれ、取っ手の金具はコウモリの下に山をあしらって「福山」の判じ物になっているそうです。
編集としては、ここが今回の展示のいちばんの見どころだと読みます。市章の由来を文字で知るのと、判じ物の実物を見るのとでは、納得の深さが違います。
ヤマセミ、アシカ——共生の時代に思いをはせる

江戸時代に捕獲されたヤマセミや、鞆の浦に出現したアシカを描いた絵はパネルで掲示されています。岡田さんは「様々な動物がいて、人々と共生していた時代に思いをはせて」と話しています。
会場は市歴史資料室(霞町)で、月曜と祝日は休館です。問い合わせは同資料室(084・932・7264)。入館無料で8月25日までなので、夏休みの自由研究にも使いやすい期間です。
とにかく、鞆の浦にアシカが来ていたという事実だけで、瀬戸内の海の姿が今と違って見えます。
